東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3520号 判決 1959年10月16日
国民相互銀行
事実
原告株式会社英工社は、本件工場(木造スレート葺平家建一棟建坪三十五坪)は原告の所有するものであり、昭和十六年四月二十一日所有権取得登記を経由したものであるが、被告大谷雅彦は昭和二十七年九月頃本件工場の東側二十坪について、屋根、柱をそのまま利用し内部を居宅兼事務所風に改造し、更に物置一坪と台所一坪を北側に、便所一坪七合五勺を東側に附設したが(以下これを係争建物という)、右改造工事は本件工場の東側二十坪に補強改修を加えたものに過ぎず、旧の二十坪の建物を消滅させた上で築いたものではないから、もとより建物の同一性を失わしめるものではなく、又各附設建物は何れも本件工場に接着してこれに附随して建てられた建物であるから、右建築によりこれに従として附合したものというべく、本件工場を組成する一部としてその所有は本件工場の所有者たる原告に帰属するに至つたものというべきである。ところで、被告大谷は昭和二十九年十一月十六日東京法務局北出張所受付を以て係争建物を木造スレート葺平家建居宅兼事務所一棟建坪二十三坪五合と表示して自己のため所有権保存登記を経由し、さらに被告株式会社国民相互銀行との間に昭和三十年九月七日債権極度額五十万円、債権者被告国民相互銀行、債務者被告大谷なる根抵当権設定契約を締結しその旨の登記を経由した。しかしながら、係争建物は原告所有の本件工場と同一建物であるから、右各登記は実体関係に符合しない登記であつて無効である。よつて右各登記の抹消登記手続を求める、と主張した。
被告らは答弁として、係争建物は本件工場とは別箇の建物である。すなわち、本件工場の東側二十坪は、屋根が焼夷弾の落下による大穴があき、外壁はモルタル塗が殆んど毀れ落ち、窓の戸は全くなく、内部はガラン洞で外廻りの柱は十本しか残つておらず、殆んど工場建物としての価値のなかつたものに対し、昭和二十七年頃被告大谷が二十四万円の費用をかけて屋根裏の合掌の一部を補強し、スレート葺の屋根約十坪をふみ、外壁に下見板を張り柱約二十本、境界壁、天井板床板を新設し、四畳半、六畳、八畳の日本間並びに押入、玄関、板張りの事務室、廊下を作り、便所を増築し、住居兼事務所としたものであるから両者間には同一性はなく、原告所有の従前の工場建物は消滅し、新たな住宅建物が築造されたものと見るべきであるから、原告が係争建物に所有権を有することに基く本訴請求は理由がないと抗争した。
理由
先ず係争建物の従前の工場について検討するのに、証拠を綜合すると、本件工場は木造スレート葺平家建の工場建物であつて、その東側二十坪部分の改造前の構造は、その西側十五坪部分の構造と略々同一であり、屋根はスレート葺、床面はコンクリート敷、天井板は張つてなく、外側は東側壁面の上部及び周壁の腰廻り部分がモルタル塗りで、そのほかは下見板張りでできており、空襲による焼夷弾の落下により東端の屋根に三尺四方位の穴があき、該部の屋根裏の合掌造りと梁の部分が燻焼していたことが認められる。
次に係争建物の改造について見るのに、証拠を綜合すれば、昭和二十七年頃当時本件工場の東側二十坪部分を占有していた被告大谷は、これを事務所兼居宅に改造すべく、既設の柱、屋根、天井の梁桁等はそのまま利用して(もつとも、前記焼夷弾のため穴のあいた屋根部分は修理してこれをふさぎ、燻焼した合掌造りと梁の部分にはこれを補強するために垂木を不規則に打ち付けた)、周壁の腰廻りのモルタル塗の部分を取り去り、新たに該部に下見板を張り西側十五坪の工場部分との境にモルタル塗りの境界壁を設け、天井板、床板を新たに設け、十・五糎四方の柱約二十本を設置し、四畳半、六畳、八畳の日本間並びに押入、玄関、板張りの事務室、廊下を作り、東側に接着して便所を増設したこと、さらに昭和二十九年頃右建物の北側に接着して物置と台所を増設したことが認められる。
ところで、改造後の係争建物とその従前の本件工場との同一性について以上認定の各事実に徴するときは、改造後の係争建物は、本件工場の従前の東側二十坪部分の柱、屋根をそのまま利用して、建物の骨組に動かず、同一場所で単に内部の構造を居宅兼事務所風に改造したものに過ぎず、社会通念上、従前の建物が滅失して新たな建物が築造されたものではなく、右改造された建物は依然従前の建物と同一性を失わないものというべきである。また、前記便所、台所、物置等は、右認定のように、何れも従前の本件工場に接着して建てられたものであり、その規模、用途より見て、本件工場の附属建物として建て増されたものと認められるから、従として本件工場に附合するに至つたものというべく、本件工場を組成する一部としてその所有は本件工場の所有者たる原告に帰属するに至つたものというべきである。
以上のとおり、係争建物が本件工場と同一建物である以上、被告大谷名義でなされている本件保存登記は実体関係に符合しない無効な登記というべく、又、被告国民相互銀行のためになされた本件根抵当権設定登記は右保存登記の有効なことを前提とするものである以上、同様に登記の効力を有し得ないものというべきである。
してみると、被告大谷被告銀行は所有権者たる原告に対し、右各登記の抹消登記手続をなすべき義務がある。
よつて原告の被告両名に対する本訴請求は正当であるとしてこれを認容した。